2017年2月にBS1で放送された『球辞苑』で80年代の広島カープ黄金期に6番打者で活躍した長嶋清幸が6番打者について語っています。
長嶋清幸は俊足巧打で84年、86年にカープの優勝に貢献。3番・小早川毅彦、4番・山本浩二、5番・衣笠祥雄が一掃できなかったランナーを長嶋が返す役割をしていた。その思い切りのいいバッティングと抜群の勝負強さで84年の日本シリーズでMVPにも輝いた。
―当時の広島で6番バッターを担った
長嶋 僕は若い頃だったんで、イケイケしかないんですよね(笑) 本当に確実性のない男なので。それを良く言えば意外性ですから。その意外性が相手にとって怖いときもあったと思うんで。だから自分の中では理想とする打順だったかなと思います。当時の古葉監督がそういうところをちゃんと見抜いてくれていたんじゃないかなと思いますね。
長嶋が6番に定着したのは入団4年目。意外性のあるその強気なバッティングを生かすため、当時の広島の古葉監督が抜擢したのだ。
―6番打者として心掛けていたこと
長嶋 犠牲フライとか、進塁打とか、そういうことをあんまり考えないで、「とにかくランナーを返す」という強い意志が大事だと思います。
―打つ以外の仕事は?
長嶋 でも僕は年間で2番バッターの次くらいに送りバントをしてますからね。それだけバントをしたことなかった男が広島のチームカラーに沿うようにやらなきゃいけないと思ってバントを死ぬほど練習しましたよ。
―6番で最も大切なこと
長嶋 打つだけじゃない、守るだけじゃない。やっぱり走ること、細かいことも全てにおいてしっかりと役割を果たす。それが自分を助けることになると思いますけどね。
以上です。
チームのためにあらゆることをする。