20172月にBS1で放送された『球辞苑』で西武黄金期に6番打者で活躍した石毛宏典が6番打者について語っています。

 

石毛は西武ライオンズの黄金期にチームリーダーとして常勝チームを牽引した華のある6番バッター

 

6番でやっていたこと

石毛 僕の場合は送りバントもしたし、エンドランもやったし、右打ちという脇役的な細かいプレーもやるポジションでもあったし、まあ3番・4番・5番が出て6番がタイムリーを打つという役割。脇役であり、チャンスメーカーであり、主力に取って代わるようなポジションでもあると思いますね。

 

当時の西武は秋山・清原・デストラーデと90年代最強と言われるクリーンアップを誇っていた。石毛はその後ろで無類の勝負強さと長打力を発揮。ファンは彼を理想の6番打者と称賛した。しかし、6番は石毛が決して望んだ打順ではなかった。石毛はキャリアの前半では1番や3番で活躍。だが90年代に入ると若い辻が1番打者として台頭し、更に強力な助っ人デストラーデも入団し5番を打つ。石毛は追いやられるように6番を打つこととなったのだった。脇役的なその役割、その意識に石毛はどう向き合ったのか。(※当時の西武は1番辻、2番平野、3番秋山、4番清原、5番デストラーデ、6番石毛)

 

6番に追いやられる形だったが

石毛 まあ晩年になってましたから、野球の流れだとか監督の思惑だとか、「あぁ、こういうふうにするだろうな」というのは読めてくるんで、それほど違和感もありませんでした。「何でここ?」「何で送りバント?」という気持ちはありませんでしたね。

 

6番打者で印象に残っていること

石毛 僕は前の打席で同点ホームランを打ってて、その後の打席で誰かがノーアウトでランナーで出た時に僕は送りバントをしたんですよ。それでランナーを2塁に送って、伊東が決勝タイムリーを打って試合に勝ったというのがありました。ホームランを打ち、送りバントも決めた。ファンからは見ようによっては「打順が下位に向かっていくのに何で前の打席でホームランを打ったのにここで送りバントさせるんだ」みたいなね。でも、僕は「送りバントだろうな」と思って、案の定送りバントのサインが出て、一発でバントを決めて、その流れの中で伊東が決勝タイムリーを打ってくれたんで。

 

試合の流れも監督の考えも手に取るように分かる理想の6番がいたからこそ、西武はあの黄金山時代を築けたのだ。

 

 

6番に対する考え

石毛 プロ野球で職業野球という中で、いかに金を稼ぐかというところにおいては送りバントは確実に成功すれば1打席、打数が減って、尚且つチームの勝利に貢献できるということ。つまり1試合に4回の打数が回ってきて1本のヒットで25分ですよ。そこに更に打たなくても1つフォアボールがあれば3打数1安打で333厘。そこから更に送りバントを決めたら、2打数1安打となりその日は5割になるんですよ。

 

(続けて)

 

石毛 25分のバッターと3割のバッターでは給料が12億円違ってくるんですよ。そういうふうに考えれば、それもある意味ありがたい話ですよね。

 

―それは4番ならできないが6番ならできる

石毛 そうですね。

 

―石毛にとって6番打者とは

石毛 6番というよりはバッターとしてどうあるべきかというのを考える。しかもチームの中でバッターとして、どういう位置付けがあって、とういうふうに結果を求められるのか。それをただひたすら遂行するだけ。

 

 

以上です。

6番の役割は多種多様。
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