2019年8月25日にBS1で放送された『ワースポ×MLB』でかつて日本ハムファイターズで活躍したキップ・グロスが日本時代の思い出を語っています。
グロス やぁ!キップ・グロスです。1994年から98年まで日本ハムファイターズでプレーしました。
グロス 来日前はドジャースで投げていました。当時のラソーダ監督はメディアが好む派手な選手が好きで、地味な私はメジャーとマイナーを行ったり来たりしていたんです。そんな時に日本からオファーがあり、すぐに日本行きを決めました。おかげで選手としてのピークの30歳で日本に来ることができたんです。(※MLB通算7勝8敗)
グロス 日本に来て2年目のことでした。ロッテに入団したエリックヒルマン(ロッテに95-96年、巨人に97年在籍)にチェンジアップの握りを教えてもらったんです。彼とはマイナー時代に親交がありました。人差し指を外すこんな感じの握りです。
グロス これでチェンジアップが低めにコントロールできるようになりました。自由自在にね。選手寿命が5年は伸びたと思います。
グロス それはイチロー。イチローですよ(笑) 彼は別格でしたね。
グロス イチローがスーパースターになることは当時から分かっていましたよ。とにかく凄い選手でしたからね。バッティングだけでなく、足も速くて苦労しましたよ。ある時、内野ゴロの処理で競争になりました。私は足に自信がありましが、イチローはすぐそこまで来ていて、焦ってミスをしてしまいました。それ以来、イチローとの対戦では投球後すぐに走り出せるように準備していましたね(笑)
グロス これは何だったかなあ?
スタッフ 1995年の最多勝のトロフィーですね。
グロス そうか。忘れてたよ(笑)
グロス 私は奪三振や個人の成績は全く気にしません。大事なのはチームの勝利です。そのためには三振よりも球数を少なくし、多くのイニングを投げることが重要です。だからこそあの試合は私にとって完全試合みたいなものでしたよ。
タッカー まずは大学で野球に集中して、いずれプロに行きたいです。
グロス 100点の回答だ。私も学生の頃にそう思っていたよ。
グロス 私は自分の経験だけではなく、日本の一流選手から学んだ野球理論を教えています。例えばイチローのバッティング。下半身は動いていても打つ直前までバットを持つ手は動いていません。無駄に動かさないことで様々なボールに対応できます。日本での経験が私の指導の幅を広げてくれていると思います。
グロス 私にとって野球は人生そのものです。うまくいかない時でも我慢して頑張り続ける。たとえ負けても、滅多打ちされても、取り返すチャンスは必ず訪れます。野球をすることで人生を学ぶことができると思っています。
グロス 日本に行ったことが私の野球のキャリアで最高の選択だったと思います。異国の地で適応することや、文化の違う野球を学ぶことは非常に貴重な体験でした。楽しい日々をありがとう。今でも感謝しています。
以上です。