2018年12月にフジテレビONEで放送された『プロ野球ここだけの話』で達川光男と岡田彰布が監督時代に選手としてプレーしていた金本知憲についてフリーアナウンサーの梅田淳と共に語っています。
アナ 達川さんは金本選手をどういう風に見てましたか?
達川 いついかなる時も試合に出てくれてありがたかったですね。巨人の柏田に頭にデッドボールを当てられたんですけどね。本当に頼りになりましたね。阪神に行く前の時の彼が一番ピークでしたね。
アナ 岡田さんはどう見ていましたか?
岡田 2003年の阪神にFA移籍した年は3番を打ってたんですよね。それを(当時)サードコーチャーとして見てて、無理してチームバッティングをしている印象があったんですよ。
アナ はい。
岡田 例えば赤星が出塁するとアウトコースでも強引に一二塁間にゴロを打って進塁打にするとか、ヒットで1-3塁という状況にするとかね。だから、2004年に監督になった時に一番最初に「今年から4番でいく」と伝えましたね。
アナ それは金本選手にとって嬉しかったでしょうね。
岡田 2004年に中日の岩瀬から手首にデッドボールを当てられた時もあったしね。あの時は久慈のバットで左手一本で打ってましたね。
アナ 広島と阪神で強烈な印象を残した金本選手です。達川さんが広島の監督をしていた2000年にある記録を達成していると思うんですけど、もちろん覚えてらっしゃいますよね?
達川 トリプルシックス?
アナ トリプルシックスと言えるぐらいの(笑) これはもうお分かりと思いますけど、2000年の広島カープ達川監督時代に当時史上7人目となるトリプルスリーを達成しています。これはシーズン最後の試合で決めたんですかね。
達川 そうですね。ヤクルトの宮出から打ってね。その時にホームランを打たれた宮出はそれが理由でピッチャーを断念したらしいですよ。
アナ あぁ、そうなんですか。宮出から打った。
達川 そうですね。
アナ その金本選手が阪神の星野仙一監督に口説かれて、タイガースのユニフォームを着ることになったわけですが、達川さんは金本さんの阪神の移籍をどう見ていましたか?
達川 FAをした時点で争奪戦でしたけど、なんか夜中に星野さんに「お前は来るのか!?来んのか!?」と言われたらしいですね。
アナ 午前3時ぐらいに電話があったと聞きますけどね。
達川 僕だったらスイッチを切って寝てますけどね。
アナ ハハハ(笑)
達川 うん。
アナ 金本さんからコメントがあるんですが、岡田さんについては「岡田さんは不思議な力を持っている。僕を4番にしてくれた。おかげでMVPを獲れた。ありがとうございます」ということです。そして達川さんについては「当時の広島はチームは弱かったけど、楽しく野球ができた」と。達川さんどうですか?(笑)
達川 まあそうでしょうけど、山本浩二さん、三村敏之さん、岡田さん、星野監督もいましたけど、その後に私の名前が出て来なかったんですよ。そうしたら新聞記者が達川さんを忘れてますけどって言ったら「あっ、あのコメディアン?忘れましたね」って(笑)
アナ ハハハ(笑) 割とそうやってサラっと言ってのけるところがありますよね。
達川 ジョークを言ってね(笑)
アナ まあ岡田さん、金本選手から金本監督になって背負った物は重かったですね。
岡田 まあ、志半ばですね。契約とかが残ってたから、まさかこういう形でね。これ最下位になったでしょ。
アナ はい。
岡田 戦力からいくと最下位になるようなチームじゃないですけどね。それはやっぱりツラかったですよね。
以上です。
達川とは冗談も言い合えるようないい関係なんでしょうね。