2018421日にBS1で放送された『ワールドスポーツMLB』で元阪神で亡くなったジーン・バッキーさんが日本での思い出を語っています。

 



アメリカ南部ルイジアナ州のラファイエット。車から大きな男が登場。その男はジーンバッキーさん。半世紀前、昭和の野球史に大きな足跡を残しました。

 

 

バッキー みなさん!(日本語)

 

バッキーさんは1962年から日本のプロ野球チーム阪神タイガースでプレー。8年間で通算100勝をあげた伝説の助っ人です。

 

 

メジャーを目指しハワイのマイナーリーグでプレーしていたバッキーさん。その時に阪神にスカウトされたのが日本に行くキッカケでした。

 

―スカウトされた当時

バッキー 話をもらってすぐに日本行きを決めたのを覚えています。ちょうどハワイとのチームの契約も切れたところで、何より大好きな野球を続けられることが嬉しかったんです。それに新婚だったので、日本行きはハネムーンみたいやものでした。ハハ()

 

昭和37年の夏に25歳のバッキーさんは大阪で新たな野球人生をスタートさせます。

 

―日本の生活

バッキー 最初は日本語に苦労しました。テスト入団だったから通訳がいなかったんです。でも、食べる方は得意でした。焼き肉、ギョウザ、それにしゃぶしゃぶ。すぐに馴染みましたよ(笑)

 

しかし、日本流のやり方には馴染めない部分もあった。

 

―日米の違い

バッキー 日本ではエラーをしても誰も怒りません。三振をしても何もなかったようにベンチに戻って来ます。私には理解できませんでした。私なんて打たれた後、怒りを抑えきれずベンチで火鉢を蹴飛ばしたこともありましたよ。「バッキーさん、ダメよ!(日本語)」と言われましたね() チームメイトにはよく注意されていましたよ。

 

 

それでも野球そのものに日米の違いはなく、すぐに慣れたと言います。

 

バッキー 野球に国境はありません。ストライクを投げて、打ち取るだけです。でも最初はコントロールが定まらず苦労しました。そこで当時エースだった小山正明さんにフォームやボールの握り方、リリースのタイミングなどを教えてもらいました。するとコントロールが見違えるほど良くなったんです。(※小山正明はロッテ阪神で活躍し通算320勝をあげたレジェンド)

 

そして入団2年後の1964年に自己最多の29勝(9敗)をあげリーグ優勝に貢献。外国人選手として初めて沢村賞を受賞した。

 

 

その時のバッキーさんの防御率はわずか1.89。更に驚きの投球回数を記録している。

 

バッキー サンビャクゴジュウヨン。354イニング(※公式では353回も1/3)だよ。

 

(続けて)

 

バッキー (笑い話ながら右肩に手を当てて)イタイ。ある日のダブルヘッダーでは最初に先発して2試合目にリリーフ登板したことがあります。チームが逆転してくれて1日で2勝したこともありましたよ。

 

 

阪神で239試合に登板したバッキーさん。今でも忘れられない試合があると言います。

 

バッキー 何と言っても巨人戦でのノーヒットノーラン(1965628)です。当時の巨人は王・長嶋などスーパースターが揃っていて、人気実力ともにナンバーワンでした。メジャーで言えばヤンキースみたいなものです。巨人戦ではいつも以上に闘志が湧きましたよ()

 

現在は生まれ故郷のラファイエットに住むバッキーさん。子供5人、孫6人、曾孫2人に囲まれ穏やかに暮らす毎日です。

 

 

部屋には阪神タイガースの記念の額縁があります。

 

 

 

ここで現役選手とインターネットで連絡を取り合うことが楽しみのひとつになっている。

 

 

その選手とはランディ・メッセンジャー。阪神で外国人選手で最長の年数を迎えたピッチャー。同じ球団の助っ人として2012年から連絡を取り合っています。

 

この時の会話
メッセ この前、2軍の寮に行ったら歴代の名選手の写真が飾ってありました。あなたの写真もありましたよ。なんと言っても沢村賞投手ですからね。

バッキー 君にもぜひ沢村賞を獲得してほしい。同じ球団で二人の外国人が沢村賞を獲ったことはないからね。もし実現すれば、二人で日本の野球史に名前を残すことになると思うよ。話ができて楽しかったよ。今シーズンも頑張ってね。(※放送は2018年4月)

メッセ サヨナラ またね。

バッキー サヨナラ。

  

昭和史に刻まれた伝説の助っ人ジーンバッキーさん。自らの野球人生を振り返り日本のファンにメッセージをくれた。

 

―日本のファンへ

バッキー 私は日本で野球選手としての夢を叶えました。素晴らしい人たちと出会い、私の人生はとても・・・とても幸せでした。日本の野球もファンも大好きです。ガンバッテクダサイ。ガンバッテハンシン!

 

 

以上です。

メッセンジャーの引退の直後に亡くなりました。
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