2018年9月26日にフジテレビONEで放送された「プロ野球ニュース」で中日ドラゴンズの浅尾拓也の引退会見の様子が流されていました。
―会見最初の挨拶
浅尾 引退するということで、まずこういう場を設けて頂き感謝しています。
―引退の決断は
浅尾 ここ3,4年ずっと悩みながらずっと現役を続けてきたのですが、去年契約更改させて頂いたときに、今年ダメだったらというのは思って常に2軍でプレーしてきて、まあ1軍に上がることができて、これでダメだったらというのがずっと頭の中にあって、もう1試合1試合、最後のつもりでずっとやっていました。もちろん先のことは考えずにプレーしていたつもりなんですけど、最後の巨人戦(2018年9月16日)で3点取られたときに、『あぁ、もうこれぐらいなのかな』って自分の中で正直思いましたね。
―復活への模索は
浅尾 中継ぎピッチャーで、右投手で、まあ普通の投げ方で、140キロ台前半とかだと、やっぱりスピードを見られてしまうのもあって、それでスピードを出そうとしてちょっと焦っちゃった部分もありますし、それを何とか覆したいという思いで結果にこだわってきた部分もあったので、それを取り戻したいというよりは、自分の中で新しいスタイルを探していくというつもりでやっていました。森さんの方からは「来季に向けてしっかりと頑張れ」と言ってもらったんですが、自分の中でやっぱりここ1,2年の話ではないですし、自分の方から引退したいというのを話させて頂きました。
―悔いはないか?
浅尾 悔いは本当にないですね。
―思い出の登板は
浅尾 一番というのはないんですけど、やっぱりスタートである初登板も心に残っていますし、初勝利の時も鮮明に覚えていますし、開幕投手もさせてもらって、最後の胴上げ投手もさせて頂いて、もう本当に幸せな野球人生を最初は過ごせていたのかなと思っています。
―忘れられない1球は
浅尾 自分の中で一番いいボールだったのかなって思う1球はあったんですけど、ちょっと上手く伝えられないんですけど。(2010年7月10日の)巨人戦で、ナゴヤドームで、高橋由伸さんに投げた最後のインコースのストレートですね。確かグローブを注意されて、その後に1球で決められたっていうのが自分の中ではそんなにどういう場面かも思い出せないぐらいの感じなんですけど、自分の中では何故かその1球が頭の中に残っていますね。(※その試合ではグラブの留め具の光の反射を指摘されて少し中断し再開後に154キロの直球で三振)
―ファンへの感謝
浅尾 本当にたくさんの声援を頂いていたのを球場に出たら分かりましたし、本当に『復帰登板、復帰登板』と言って頂いて、自分が怪我するのが悪いのに、ずっと待って応援してくれていたりとか、ファンからの手紙を頂いてそういうのを読んで、自分の活躍に励まされているという言葉を頂いて、逆にその言葉で励まされたりとか、本当に自分なんかを応援してくれてありがとうと伝えたいですね。
―投手生活の終わりについて
浅尾 小学生の頃にプロ野球選手になりたいと夢に書いたのも、半分夢みたいな感じで書いていたのが、大学になって現実に近付いて、こうやってプロ野球の世界に入って、本当に10年以上できたことに関しては自分の中でも奇跡だなと思いますし、本当にプロ野球選手なれて良かったですし、プロ野球選手になれたからこそ出会えた人もいますし、もう本当に中日ドラゴンズというチームも好きですし、これからもずっと応援していきたいなと思っています。
浅尾拓也(33歳) 2007~2018年に中日
通算415試合 38勝21敗
23セーブ200ホールド 防御率2.42
2006年大学社会人ドラフト3巡目
2010年2011年に最終優勝中継ぎ 2011年シーズンMVP
2010年47ホールド、25試合連続HP (プロ野球記録更新)
以上です。