2018年11月16日にBS朝日で放送された「スポーツクロス」で村田修一と古田敦也が、若手時代に自身の成長を感じた瞬間を高柳愛実と共に語っています。

 



古田 僕の若い時っていうのは野村監督だったんですよ。むっちゃ厳しくてね。僕にとって野村監督に言われた事は全て『はい』しかなくて『いいえ』というのがない。1年目は『はい』しか言ってません。2年目は『はい』と『いいえ』と、分からない時は『分からない』と言えるようになったんです。

 

高柳 はい。

 

古田 それで3年目ぐらいになって、野村監督から聞かれるようになったんです。「あのピッチャー、今日はどうや?」って。これは3年目ぐらいにやっと。

 

高柳 うーん。

 

古田 それでやっと成長を認めてくれているのかなあと(笑)

 

高柳 へぇ~。

 

古田 聞かれた時に「代えた方がいいんじゃないですかねぇ」って言うと「お前が何とかせえ ボケ」って言われるんですよ。

 

村田 ハハ(笑)

 

古田 口が悪いからそう言われるんだけど、そういう風に監督と会話になったことで監督はちょっと認めてくれたのかなイコール自分は成長したかあと思えたかもしれませんね。

 

高柳 スゴく嬉しい瞬間ですよね。

 

古田 うん。簡単にはいかないですよ。

 

高柳 3年もかかるんですね。

 

古田 かかるんですよ。それぐらいからチームが強くなってきたというのがありますねぇ。

 

高柳 村田さんの場合はいかがですか?

 

村田 そうですね。僕は牛島さんの時ぐらいに1回呼び出されて「お前はいつまで外のストレートを待ってんだ」と怒られて。

 

古田 ほー。

 

村田 「そんなお前が得意なコースにいつも投げてくれるわけねえだろ お前がピッチャーやっていた時のことを考えたら、第三者の目線で見た時に何を投げるかを考えれば、もっと簡単に打席に立てるぞ」って。

 

古田 うん。

 

村田 それまで変化球を待って打つということが頭に全くなかったので、真っ直ぐに合わせて、抜けた変化球だけは対応しようと考えてやっていたんですけど。

 

古田 うーん。

 

村田 ホームランは真っ直ぐきたり、抜けた変化球がきたら打てるんですけど、率が全然上がってこなくて、その頃から変化球も待って打たないと、これプロ野球の世界でやっていけないんじゃないかなっていうのを考え出して、そこからちょっとずつ率が上がってきて、こんな感じで打つんだというのがキッカケになりましたね。

 

 

以上です。

色々とターニングポイントがあります。

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