202068日にフジテレビONEで放送された『プロ野球ニュース2020』で202049日に93歳で亡くなられた関根潤三さんの思い出を元横浜の高木豊、元ヤクルト広島の笘篠賢治、元横浜の野村弘樹が語っています。

 



野村 豊さんが2年目の時に関根さんが大洋の監督になられました。

 

高木 辞める時に選手を育て、「遠回りをさせたかな」と言ったんですけど、俺は関根さんの作品だよね。

 

野村 はい。

 

高木 まあ、本当に恩師だね。球界一の恩師だね。

 

野村 豊さんが2年目で、まだレギュラーじゃないという立場でした。

 

高木 3年目のオープン戦で全試合に出て、開幕の時だけスタメンじゃなかったんだよね。

 

野村 はい。

 

高木 もう腹立って。次の日にセカンドでノックを受けてたら関根さんが後ろから「これから全試合使うから、お前先輩に恥ずかしい成績は残すなよ」と。その先輩を外すからね。

 

野村 はい。

 

高木 そこで「頑張れ」と言われて、その年に3割打ったんだよね。

 

野村 その言葉って実際に嬉しいのと、、、。

 

高木 嬉しいのとやっぱりプレッシャーのかけ方だよね。

 

野村 そうですよね。

 

高木 だから「どんなことがあっても外さないから」と。そういう事を言われて頑張ったなという。あと盗塁を教えてもらったのも関根さんだし。

 

野村 うーん。では、苫篠さんにもお聞きそます。ヤクルト時代に監督として一緒にされていましたよね。

 

苫篠 はい。私はナイター練習で足首を痛めましてね。開幕戦の朝に監督に怪我をしたことを報告したらね。

 

野村 はい。

 

苫篠 「お前、バカだねぇ」って言われたんですね。

 

野村 はい()

 

苫篠 「オープン戦、あれだけ頑張ったのに。バカだねぇ」という言われ方をした後に「でもね、お前をファームに落とさないから。オープン戦と、開幕してからのピッチャーというのは目の色が変わって全然違うわけだから、ベンチでよく見てなさい。それをよく感じなさい」と言われまして、ベンチを外されずにずっと1軍に置いてくれていたんですよ。そして、そのうちに足が動くようになってきた時には「そろそろウズウズしてきやがったな」という一言があるんですよ。

 

野村 うんうん。

 

 

苫篠 そこでスタメンで使って頂いて、1年間ずっと使って頂きました。そういう意味では、僕がまだ1年目の駆け出しで右も左も分からないところで関根さんと出会ったんですけど、あと23年と関根さんの下でもう少しやりたかったというのはありますね。

 

野村 関根さんだけの言い回しみたいなのがありますよね。

 

苫篠 独特ですよね。

 

野村 そうですよね。

 

苫篠 絶対に選手を貶すような言い方はしない。例えば、4打数ノーヒットの時なんかでも「試合に使ってあげてんだから1本ぐらいは打て」とサラッと言うんですよね。この一言で「そうだよな。もっともっと練習して1本でも2本でも打って試合に貢献しなきゃな」と感じさせてくれる言い回しをされる方でしたね。

 

野村 だから、やらせるというよりも、やらなきゃいけないという雰囲気にしてくれるような方でしたよね。

 

苫篠 そうですね。後に私もコーチを経験させてもらいましたけど、現役時代に関根さんが仰った事を振り返ると選手との接し方もそうですし、コーチに役割を託してらっしゃるんですよね。

 

野村 うーん。

 

苫篠 私の場合は打撃の方は若松さんに教えてもらったんですけど「ワカ頼んだよ」と。あと守備では安藤統男コーチに指導してもらっていたんですけど「アンちゃん、しこたまやっていいからね アンちゃん任せたよ」という形で進められていたといのうを今振り返っても鮮明に覚えていますね。

 

野村 なるほど。改めて豊さんにとって関根さんはどういった方だったんでしょうか?

 

高木 うーん。人生を振り返っても一番の恩師ですね。これは誰にも代われないぐらいの恩師で。それで関根さんと近藤貞夫さんと佐々木信也さんとの対談の番組があって、「監督時代に間違ったサイン出したよ」ってよく言ってたでしょ。

 

野村 うんうん。

 

高木 あれ冗談っぽく言ってるけど、2アウトランナー1塁でエンドランが出たんだよね。

 

野村 はい()

 

高木 それで「もう1回サイン出してくれ」とやったら、またエンドランだと。これ絶対におかしいと思って、パッとを見たら関根さんがベンチから出てきて「お前がツーベースを打ったら1塁ランナーが返れるからそのエンドランだよ」って。「この狭い球場で1塁ランナーがいて、外野手が下がってるのに普通のツーベースじゃ返れないだろ」って。「だから走らせるからお前がツーベースを打て」と。

 

野村 はい。

 

高木 そういうサインが出た。

 

野村 それで結果はどうだったんですか?

 

高木 ツーベース打ったよ。

 

野村 凄いですね()

 

高木 それで「必ず次はストライクが来るから」って。

 

野村 ほぉー。

 

 

高木 だからこういう野球もあるんだなっていうのは教わった。だから言葉は悪いけど、ギャンブラーなところもあったね。

 

野村 うーん。

 

高木 丁か半かっていうね。

 

野村 なるほど。僕は関根さんと接してスゴく温かい、優しい方なんですよ。実際、優しい方でしたか?怖い方でしたか?

 

高木 俺はめちゃくちゃ可愛がられた。怒られなかった。

 

野村 ほー。

 

高木 「とにかくお前は自由にやれ」と。

 

野村 こんな嬉しいことはないですね。

 

高木 嬉しい。んで、苫篠が4打数ノーヒットで打てなくてって、さっき話してたけど、俺も20打席ぐらいノーヒットがあったのかな?それでも使ってくれて。

 

野村 はい。

 

高木 それで「豊、フリーバッティングはどうだったんだ?」と試合前に言われたから「フリーバッティングは調子良かったです」って言ったら、「じゃあ、打席でフリーバッティングやってこい。とにかく来たボールをフリーバッティングだと思って振ってこい」って。それで打てた。

 

野村 なるほど。

 

高木 スゴく気持ちを楽にしてくれた監督だよね。だから盗塁でアウトになって怒られたことは1回もない。そういう監督だった。

 

野村 うーん。苫篠さん、豊さんにも聞きましたけど関根監督は優しい監督でしたか?怖い監督でしたか?厳しい監督でしたか?

 

苫篠 全て持ち合わせてます。

 

野村 はい。

 

笘篠 僕の場合は「苫篠が走るまで次のバッターは打つな」というのがありました。

 

野村 要するにプレッシャーを与えてるんですよね。

 

苫篠 そういう状況の中でスタートを切れないでどうすんだ、ということですよね。

 

野村 なるほどねぇ。僕もユニフォームを着て関根さんと接してたら、また違った野球観があったのかなと思いますね。

 

高木 そうだね。

 

野村 偉大な方が亡くなられましたよね。

 

高木 もう教え方は至ってシンプルだった。

 

 

以上です。

本当に優しそうな方でした。
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