2018年10月に毎日テレビで放送された「せやねん!」でGG佐藤が戦力外通告について語っています。

 



【GG佐藤の戦力外通告】

2011年 西武で戦力外

2012年 イタリア ウニポル・ボローニャで戦力外

2014年 ロッテで戦力外

GG佐藤は現在、『測量・地盤改良工事 トラバース』の営業職で働いている

 

 

―戦力外通告を3度受けた

佐藤 実際は4度なんですけど。3じゃないんです。足りないです。

 

―1回目は?

佐藤 1回目が西武入団の前年の2002年にアメリカのフィリーズ1Aで。だからこそミスター戦力外通告なんです。それが由縁です(笑)

 

―戦力外通告を受けた時の心境は?

佐藤 やっぱり選手からしたら、『人生の終わり』だと感じると思います。正直、野球しかやってないですし、野球以外の生活はイメージできないので、それを奪われるというのは今後どうなるんだろうと、本当に先が見えない恐怖を感じる瞬間だと思うんで。選手は不安で不安でしょうがないんですよね。

 

―戦力外後に前に進むために必要なのは?

佐藤 2回目の西武ライオンズをクビになった時というとは、正直最後の1年2年というのは、思うようにいかなくて、心も体もボロボロになった形ですよね。それで戦力外になった時に、すぐにやろうという気持ちにはならなかったですね。心も体もボロボロになって、野球が嫌いになってたんですよ。小学生時代にあんなに好きで始めた野球が嫌いになってたんですね。最後に野球とお別れするのにこの気持ちのままお別れするのは嫌だと。だから、最後は野球を好きになって終わりたいと思ったんですよ。だから、あと1年だけ野球をやろうと決めて、その1年というのはもう野球を始めた頃の気持ちに戻って、楽しんで野球を好きになってお別れしようと思ったんですよね。そういう基準で球団を探してたどり着いたのが、ボンジョルノ、イタリアだったんですよ(笑) それでイタリアに渡ったんですけど。

 

 

―イタリアは楽しめましたか?

佐藤 もう最高です(笑) サッカーが全ての国で野球をほとんど知らない人ばっかりなんですよ。その中で野球をやっている彼らというのは好きで好きでしょうがなくて野球をやっているんですよ。イタリアで野球をやっている奴というのは変態なんです(笑) 『何でサッカーじゃなくて野球なんだよ』っていう国なので、そこで野球をやっている奴は好きで好きでしょうがない奴らがやっているんで。その中に入ると自然に楽しめましたし、もう結果だけじゃない、純粋にチームで勝ちに行って、勝ったことによってみんなで喜ぶっていう本来の形に戻れましたね。

 

そのイタリアでは1年で戦力外通告されたが、その時の気持ちは『感謝』だった。帰国後に伊東監督の下で2年間ロッテに在籍し、そこで4回目の戦力外通告を受ける。その時には『やり切った』という気持ちだった。

 

―西岡剛にアドバイス(この放送は2018年10月)

佐藤 今年もこの時期になると戦力外通告とか、引退の時期じゃないですか。阪神の西岡剛選手も戦力外通告を受けましたよね。それで周りは「まだまだできるよ」とか、「続けられるよ」って声もあったりすると思うんですけど、やっぱり最後に決めるのは自分自身だと思うんですよね。自分自身がどう思っているか。『やりたい』と思えばやればいいと思いますし、『引退しよう』と思えば引退する。最後の決断をするというのは自分自身しかないと思うんで、自分自身と語り合って決断すればいいんじゃないかと思います。今、西岡選手に言えることは『迷ったらイタリアに行け』ですね。イタリアに行って癒されるのもいいことだぞと伝えたいですね。たかが14時間ぐらい飛行機に乗って、イタリアに行ってしまうと、自分たちが生き甲斐にしていたものを知らない人たちがたくさんいるんですよね。ベースボールすら知らない人がいることに私は本当にカルチャーショックを受けて、何て狭い世界でもがき苦しんでいたんだろうと。世界的に見れば、俺らがすがっていたものは大したもんじゃなかったんだという意味では本当に視野が広がりました。

 

―戦力外を4度受けて現在は?

佐藤 受注を取れたらしょっちゅう叫んでますよ(笑) キモティ~って。キモティ~の安売りですよ(笑) あとメーカーさんとの草野球もけっこうあるんですよ。フライが上がって、それを落とすと超喜んでくれるんで。落球営業してますよ(笑)

 

 

以上です。

色んな経験をしています。

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