2019年9月14日にフジテレビONEで放送された『プロ野球ニュース2019』でこの日のvs.阪神タイガース戦で先発しノーヒットノーランを達成した中日ドラゴンズの大野雄大のピッチングを元ヤクルト広島の笘篠賢治、中日で監督をしていた谷繁元信がフリーアナウンサーの梅田淳と共に語っています。
大野のヒーローインタビューの一部
―試合中の心境
大野 絶対に打たれるやろなと思って5回ぐらいから投げてたんで、最後の回はマウンドに向かう時にファンの皆さんの大野コールがあったんで、狙おうと思って頑張りました。
―達成した時の気持ち
大野 ほんまに一生一回、達成できるかどうかのものだと思いますし、喜びを表現しちゃいました。
―いけるかなと思った場面
大野 ほんまにどっかで打たれると思ってたんですけど、(6回表の)2アウトランナー2塁の場面で京田の好プレーで、もしかしたらあるかなと思いました。
―ファンに向けて
大野 満員のナゴヤドームのお客さんの前で達成できて最高です!
谷繁、笘篠が語る
今季9勝8敗 防御率2.59(9/14の試合終了時点)
アナ 大野選手、おめでとうございました。谷繁さん、よくバックも守りましたね。
谷繁 そうですよね。京田と高橋、ナイスプレーでしたね。
アナ はい。改めて今日の大野を見てどうでしたか?
谷繁 今年ずーっと調子がいいんですよね。大野が中日に入ってきて、最初僕と組んで初完封したり完投したりね。段々と積み重ねていったんですけど、やっぱり壁というものがあって、そこをなんとか突き破ろうとしていたんですけど、それが中々うまくいかずに去年、一昨年と悩みましたよね。
アナ そうでしたね。
谷繁 それで今年良くなりましたからね。その苦しんだ分、余計に僕も嬉しいですし。
アナ なにか・・・谷繁さんが涙を浮かべるような・・・。
谷繁 いや、それはないです(即答)
笘篠 ハハハ(笑)
アナ そうですか(笑) さっき阿波野コーチに電話をして話をしたんですけど、やっぱり非常に悔しい思いをいして、それを力に変えてると。
谷繁 はい。
アナ 今年は目が違った、1球の重みをより深く考えるようになった、スタミナもあるし今後も強い心を持って投げてほしいと。
谷繁 はい。それであと今年は強いストレートを投げようという原点に戻ってるんですよ。
アナ はい。
谷繁 2桁勝って、次の年に更に上に行かないといけないという年にちょっと交わすピッチングをしようとしたんですよね。そこでちょっと遠回りをしたんですよね。
アナ なるほど。そして谷繁さんに聞きたいことがあります。
谷繁 はい。
アナ 谷繁さんはここまで川上憲伸、山本昌、山井大介のノーヒットノーランで全部マスクをかぶってるんですよ。
2006年9月16日 山本昌 阪神に3-0
2013年6月28日 山井大介 DeNAに9-0
谷繁 もう一つありますよ。
アナ え?
谷繁 あとは日本シリーズでは完全試合やってますから4回やってるんです。
アナ あぁ、そうか。そうでしたね。それでキャッチャーが試合中にノーヒットノーラン・完全試合を感じ始める時というのはいつ頃なんですか?
谷繁 そうですねぇ。まあだいたい7回ぐらいですね。
アナ ほー。
谷繁 それで思うのは、今日みたいにエラーが出たりしてるなら、終盤に打たれそうな予感がある場合は勝負するよりも逃げですね。
アナ あぁ、そうなんですか。
谷繁 試合の途中で苦しくなったらね。
アナ はい。
谷繁 それでノーヒットノーラン中だと徐々に相手は早いカウントの時に打ってくるようになってくるんですよ。そうなると、相手には早いカウントから打たせるようにするんですよ。
アナ なるほど。それで今までマスクをかぶってきた中で一番印象に残ったノーヒットノーランの試合は誰の試合ですか?
谷繁 (少し考えて) やっぱり川上憲伸ですかね。僕も初めてでしたし、その時は本当に嬉しかったですね。
アナ そうですか。
谷繁 それで山本さんと山井の時は、「もう前に打たせちゃうかな、早く打ってゴロになってくれよ」みたいな感じでしたね。そんな感じでやってましたね。
笘篠 僕はカープの佐々岡のノーヒットノーランの時に守ってたんですけどね、よくキャッチャーって自分の配球でもっとこっち守ってくれとかがあるじゃないですか。
アナ はい。
笘篠 段々それがなくなってくるんですよ。
谷繁 ハハハ(笑)
笘篠 それを言って逆になったら責任を感じるんで、キャッチャーの指示もないし、野手は自分でポジショニングを考えたりしてね。
アナ はい。
笘篠 今日なんかは足の速い木浪とか近本の時は内野も両サイドが抜けるというのもイヤなんですけど、前の内野安打も怖いので、難しいんですよね。
アナ そうなんですね。まあ今日はキャッチャーが加藤から大野奨太に代わったりで大変だったんですが、キャッチャーも大変だったという谷繁さんを称えながら、大野雄大も最高だったという思いです。
以上です。