2018年7月27日にBS朝日で放送された「スポーツクロス」で横浜高校野球部前監督の渡辺元智が1980年夏 甲子園での制覇にまつわるダブルエースの愛甲猛と川戸浩について古田敦也とテレビ朝日アナウンサーの徳永有美と共に語っています。

 



渡辺 愛甲が1978年の1年生のときに彗星の如く現れて、そして甲子園のアイドルになってしまった。

 

古田 はい。

 

渡辺 それから国体に出て、その後に野球を辞めてしまったんですよ。

 

徳永 それは何故辞めてしまったんですか?

 

渡辺 まあ、自由になりたいという気持ちがあったのかもしれませんね。

 

徳永 うーん。

 

渡辺 この子を何とかして育てなきゃいけないということで、私の家に置いたんですね。アパートにね。

 

徳永 はい。

 

渡辺 彼の家は自分が帰っても誰も居ませんでしたから、そんなことで愛情を感じたんだと思うんですね。

 

徳永 うん。

 

渡辺 それから監督のために、チームのためにという気持ちになったと思います。

 

 

1980年の夏、愛甲が高校3年の時に横浜高校は甲子園を制覇する。この時の優勝ピッチャーは背番号10の川戸浩という選手でした

 

 

渡辺 川戸という優勝ピッチャーが、愛甲が一度辞めた時に戻りそうもないと。「おい川戸、お前に託すからな!」と。この子は物凄く練習するんですよ。

 

徳永 はい。

 

渡辺 やっぱり、私は愛甲の方が天才少年というふうに評価していますけど、川戸はどちらかというと努力の選手です。

 

古田 うーん。

 

渡辺 しかし、愛甲が戻って来た時に、私は川戸の存在を忘れてしまったんです。そうすると、今度は川戸が練習をやめて帰ってしまった。

 

古田 あー・・・。難しいですねぇ(笑)

 

徳永 ほんとですねぇ。いかに監督が向き合ってこられたかということですよね。

 

古田 そうですね。

 

渡辺 その時に川戸に「愛甲と2人でどちらもエースだ」と言ったらね、「エースですか!」と。それで、愛甲も戻って川戸の気持ちを復活させて甲子園を目指したわけですね。

 

古田 うーん。

 

渡辺 ここで勝つにはやっぱり、一人では勝ち切れないんですよ。ですから、私は2人のエースだと。「あの時にエースという言葉なかったら戻らなかった」と川戸が言っていましたよ(笑)

 

徳永 川戸選手は優勝の瞬間、全身で喜びを表現されていますね。

 

渡辺 もうなんか人間じゃないような喜びをね(笑) 死の淵からはいずり上がってきたようなね。あれを見たときに私自身も苦労が報われましたね。

 

古田 まあ、最高の瞬間ですからね。逆に言うと、あれを目指してみんながやっているわけであって。そういうのは苦しいからこそというのもありますからね。

 

 

以上です。

愛甲のワンマンチームという勝手なイメージを持っていましたが、川戸選手とのダブルエースだったんですね。

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